ボウイのジャケットを手がけたJonathan Barnbrook(ジョナサン・バーンブルック)に会いました

ジョナサン・バーンブルックは、

今年1月に亡くなったデビッド・ボウイの、

最後の4アルバムのデザインを手がけたグラフィックデザイナーです。

 

日本では、六本木ヒルズのコーポレートアイデンティティーを手掛けたことでも、

知られているかと思います。

 

私は10年くらい前に、山本寛斎氏が、私が通っていた大学に講義に来た際、

初めてデビッド・ボウイを知って、それ以来、大ファンになったため、

過去に、ジョナサン・バーンブルックのブログを読んだことがありました。

 

当時は英語があまり分らなかったので、苦労して読みました。

 

(実は、私がロンドンに住みたかった理由の何パーセントかは、デビッド・ボウイなのです)

 

私の世代の女性で、デビッド・ボウイを聴いている日本人は、なかなかいない(何なら、みんな知らない)ので、

私には、ジョナサン・バーンブルックに会ったこの興奮を

日本語でアウトプットできる場所がありません。

 

そこで、ブログに書いてみることにしました。

(ブログは、本来そういった使い方をするものだということに、つい先ほど気が付きました)

 

アルバム「Heathen」について

 

 

シワがかっこいいと思う!

数年前に、私の自宅に来た友人が、このアルバムジャケットを見て、

「写真なんだから、顔のシワ消せば良いのに」と、言っていました。

 

そこで私は、

「このシワがかっこいいと思う」と、反論したので、友人にあきれられました。

 

「シワはその人の生き様を表す」と、私は思います。

 

簡単に言うと、怒ってばかりいる人は、眉間にシワができますし、

よく笑う人は、口や目の横にシワが出来ますよね。

 

若い頃はシワがないので、生まれ持った顔のままですが、

ある程度年齢を重ねてくると、顔にその人の人生が刻まれるように思います。

 

つまり、かっこよく生きてきた人のシワは、かっこいいのです。

 

(……という説明をしたので、友人があきれたのですが)

 

そして、このアルバム「ヒーザン」こそが、

ジョナサン・バーンブルックがデザインを手がけた、最初のボウイのアルバムなのでした。

 

ジョナサン・バーンブルックが語っていた「ヒーザン」のジャケットデザイン

 

デザイナーがひとつのデザインを完成させるには、

事前にリサーチを行うものですよね。

 

もちろん、ジョナサン・バーンブルックも例外ではありません。

 

今回は、そんなリサーチ段階の資料も見ることができました。

(写真がないので、つたない文章で説明します)

 

それは、このアルバムジャケットのボウイの顔のような感じで、

マリア様の顔をモノトーンにして、ペイントしたもの等

偉人が描かれている絵画をグラッフィックで加工したものでした。

 

また、このアルバムジャケットには、「Heathen」というタイトルのみで、

「David Bowie」の名前がありません。

 

ボウイは超有名人なので、顔を見れば誰でも分かるため、

名前をとっても大丈夫だと判断したのだそうです。

 

タイトルも上下さかさまなので、

ジョナサン・バーンブルック自身も、「どっちが上かわからない」なんて、

冗談を言っていました。

 

実は手抜きデザインじゃない「The Next Day」

 

 

このアルバムジャケットは、1977年にリリースされた「Heroes」のジャケットに、

上からタイトルを入れた白い四角形をかぶせてあるだけに見えるので、

「音楽史上で一番ナマケモノなデザイン」とか、

「田舎の一般人のデザイン」とか、散々酷評されたと、

ジョナサン・バーンブルック自身が語っていました。

 

(ジョナサン・バーンブルックは、とてもトークが上手で、

ところどころで、ボウイの喋り方をマネをしたり、冗談を言ったりしていました)

 

最終的にこのデザインになったのですが、これに至る前に、

もっと複雑な案をいくつも、いくつも、作っていて、それらも見せてくれました。

 

そういった意味では、一見手抜きに見えてしまうこのアルバムデザインは、

いくつもの工程を経て、決まったものなので、全く手抜きではありません。

 

とういか、あのボウイが、手抜きデザインにOKを出すはずがありません。

 

ただ、はじめから「過去の写真を加工する」という方向性は、決まっていたようでした。

 

そこで、「Heroes」ではなくて、「Pin ups」というアルバムのジャケットに、

同じように同じような白い四角形を乗せたものをボウイに提案したそうです。

 

ボウイとツィギーが一緒に写っているジャケットなので、

私は日本の実家に飾ってあるくらい大好きなのですが、

「ツィギーは悪夢みたいだから、思い出したくない」と、

ボウイが言ったため、ボツになったそうです。

 

ちなみに、これです。

 

(ツィギーも、私がロンドンに住みたかった理由の何パーセントかを占めています)

 

最終的に、「The Next Day」のイメージが、

ベルリンで録音した「Heroes」のイメージと重なる部分があったため、

上の画層のデザインに決定したのだそうです。

 

ボウイ最後のアルバム「Blackstar」

 

 

このアルバムは、デヴィッド・ボウイの25枚目のスタジオ・アルバムで、

彼の69回目の誕生日となる1月8日にリリースされました。

 

デヴィッド・ボウイはその2日後の1月10日に亡なりました。

 

その日、私は寝起きでテレビを付けて、BBCのニュースでそれを知りました。

 

実はこのニュースを知る前、おそらくボウイが亡くなったと思われる時間に、

私はソーホーの真ん中で、「The Martian」(邦題は「オデッセイ」)という映画を見ていました。

 

 

その映画の挿入歌で、ボウイの「Sterman」が使われていて、

ボウイファンの私としては、とてもテンションが上がりました。

 

それを観終わってから寝て、朝起きたら、ボウイ死亡のニュース……。

その日はBBCが一日中、放送に予定を変更して、ボウイの映像を流し続けていました。

 

ジョナサン・バーンブルックでさえ、ボウイが癌だと知らなかった

 

ジョナサン・バーンブルックは、このアルバムについて語っている時、

少し感情的になって、涙ぐんでいました。

 

ジョナサン・バーンブルックでさえも、ボウイが癌だと知らなかったそうで、

これが最後のアルバムになるとは、思っていなかったそうです。

 

「人は死んだら本当に星になるんだ」と、私は思いました。

 

このアルバムがリリースされる直前に、ボウイの公式webサイトが、

真っ黒になって、そこにこのアルバム「Blackstar」の詳細が、記載されていたそうです。

 

多くの人は、ボウイの公式webサイトが、ウィルスにかかっていると思ったらしいと、

ジョナサン・バーンブルックが言っていました。

 

ボウイは、本当に最後まで、ファンを楽しませてくれるアーティストでした。

 

ちなみに、ジャケット下の、よく分からない星型の断片は、

ファンの噂通り、「BOWIE」という文字なのだそうです。

 

さすが、フォントデザイナーでもある、ジョナサン・バーンブルックですね。

 

私の人生を変えてくれたアーティスト

 

もともとイギリスの文化に興味があった私ですが、

ボウイを知らなかったら、私はロンドンに住んでいなかったかもしれません。

 

そういった意味でボウイは、私の人生を変えてくれたアーティストです。

 

そして、ロンドンに住んで、色々なご縁で、

ジョナサン・バーンブルックに会えました。

 

本当にロンドンに来て良かったです。

 

そして、英語を勉強したおかげで、

ジョナサン・バーンブルックのような世界的に有名な方のお話を

生で理解することが出来ました。

 

英語は単なるツールにすぎないと思っているのですが、

このようなチャンスを逃さない重要なツールです。

 

このブログでは、そんあ英語の学び方もお話ししています。

 

↓よろしければ、こちらからご覧ください。

英語学習に関する記事

 

どうでも良いかもしれませんが、

ジョナサン・バーンブルックにサインをいただいて、とっても嬉しい私です(笑)。

ジョナサン・バーンブルックのサイン

 




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